弟と父の喧嘩で起こされました。

 

残念ながら僕ら兄弟というのは、この家に恨を抱えているのです。

僕が腑抜けになったのも、また弟の気性が激しいのも、全くこの家のせいであると思うのです。

 

特に僕の小さかった頃はまだ弟も妹もいませんでしたから、特段、今日の喧嘩とは桁違いの暴力などを喰らうのでした。

 

僕が愛と言うものを知らずにいたのもそのためであったように思います。
父はおよそ、父らしいことをしない人間でしたが、そのくせに厳格であろうとする人間でもありました。

そんな折に弟たちが生まれましたから、僕は母の愛情も、父の愛情も不十分に育ってきたのでした。

 

そのせいでもありましょう。思えば、人ばかり気にして生きてきました。
父のせいであると言うのは、父と話すたび動悸がするからです。
人の顔ばかり伺うので、言い訳と演技が得意になりましたが、道化であるばかりでしたから、また悪いのです。

 

そのうちに、外見と、絵を笑われるのにも慣れました。傷つかないと言うのではありませんが。 ここが実にいやなのです……傷つきながらも慣れると言うのは、つまり諦めじゃありませんか。 実際、僕は幼いながらに諦めを覚えました。そのために枕は毎晩濡れて。

 

で、あるので、やはり僕は、この家のために腑抜けであるのです。
この家から出るのが、僕を腑抜けから救う手立てであると考えるのです。
帰る家はあるが、帰りたい家は無いのですから、それが欲しいと願うばかりです。

日記-25

友と遊んだ後は、いつも寂しい気持ちになる。

あいつに言えない言葉があった。あいつにできない行いがあった。……

 

反省会のためのような時間であり、しかし散歩をしている心地で、美しいものを見つけるためのような時間であり。

 

後悔と切なさと耽美の心地の中、一人歩き帰る際に見る夜空は、世界の終わりと形容してしまうには、あまりにも爽やかな紺色であった。


その夜の闇は紺碧のセルロイドであるらしい。

スナックや、バーや、弁当屋が立ち並ぶ通りの建物に、美しい色が落ちている。

白熱灯が、より強い街灯のオレンジに照らされて、橙色のハイライトを際立たせるように、水色の影となる。

 

美しいコントラストに耽溺しつつ、歩を進める。

白色が目に痛い橙に喰われ、影を落とす燈となっているのは、痛々しいようでもあり、美しいようでもある。

映画の演出のような効果を生み、陶酔にふける。全くもって馬鹿馬鹿しい夜の散歩道である。

さて、そんな店だらけの通りを抜けると、住宅街に当たる。


イルミネーションが彩る、マンションの一室のベランダは、一見華やかな馬鹿騒ぎのようで、その実うら寂しい。

あの光る似非雪景色を誰が見る?あくせく働く車たちの、激しいブレーキランプにかき消されて、誇示される輝きもない。

 

内側の家族の盛り上がりを想像しながら、しかし当然のように、彼らは外側には目もくれない。

今は28日。すでに時期を外れたサンタは、夜の闇を未だ虚しく照らしている。

 

あいつは、ちゃんと家に帰れただろうか。

心配症が災いしてか、あるいは日常に潜む虚無感に充てられてか。くだらない考えが頭をよぎるのを、止める術もなく足は進む。

 

一時間も歩くと、体内は暑いが、冬の寒さのせいで体表は冷たい。そのギャップにやられて、鼓動も早くなり、疲れが増す。

なにも考えられず、何も目につかず。家にたどり着き、ほうと息を吐く。

 

スマホを見れば、通知がいくつか入っている。今日のところは満足いただけたようで、企画したものとしては、冥利に尽きる。

 

あいつは、今日のプレゼントを気に入っただろうか。ひとまずは、友のことばかり気にかかる。面倒臭いが、悪いことはない性分である。金の貯まらないのだけが難点ではあるが。

 

とりあえずは、今日集まってくれたことのお礼と、いつものお礼と、好きなものには貢ぎたくなる性分と、……そんなものの発露であるから、後悔は全くない。あくまで独善的な享楽のためである。

 

そんなことを考えながら飯の準備をする。遊んでいた頃の楽しさを思い出しては、身を灼く様な寂しさにじっとたえながら。

日記-24

日々が美しく感ぜられる。

心を開いたからなのだろうか。歩むのは遊んだのちの帰路である。

 

鬱々とした夜の、真っ黒い空では無い。

淀んだ黒雲が、宵のうちとうそぶかれる時分の冬の空にかかり、小豆色に妖しく佇む。

そのはるか下であるはずなのに、一色を敷き詰められた雨空と、街灯のぼんやりとしたオレンジの丸い灯が、溶け込みあって、ただ一枚の絵であるかのようにそこにあった。

 

ただの日常の風景のようで、しかし雨に打たれて波打つ、コンクリ上の水溜りが、地面に落ちる灯りをゆらゆらと映しあげるその流れに、ふと、心を惹かれるような深夜であった。

 

その風景の中を、丁度横断歩道の真ん中で、誰もいないのをいいことに佇んでいると、占領している気になって、少しの優越感さえある。

どうせ、車は来ないのだ。思い切り楽しんでやろう。……

 

この美しさを絵に書けと言われても、また写真に写せと言われても、不可能だろう。

なぜなら、私のこの美しいと思う心は、今この瞬間のみのものであるからだ。

この瞬間を切り取って、日常以上に表せるものがあるか?

多くの人にとって、おそらくNOを突きつける問いだろう……己の中の美しさを追いかけることをしたとしても、共感を得れるわけではあるまい。

 

この感覚を閉じ込めるには、文が丁度良い……

己の手足のように使える文ならもっと良い。

そのために今日は日記を残すのである。正しさなどはなにもない。ただの旅行記のようなものである。

日記-23

生きているという感覚に乏しい。それは昔からである。物心ついた時から、自分の人生に足をつけていない感覚があった。それが、なお続いている。

 

どこまで行っても、この体が己のもののように感じられない不気味さ!その恐ろしさたるや。時折目を覚ましたかのようにその恐怖に襲われる。

 

それもあってか、他人が生きていると感ずること、殊更に、他人の普段を覗き見ることをすると、不思議な感慨に襲われる。

 

この人は生きている、生きているのだと、不可思議な感動と寂しさが込み上げる。難儀な性に生まれたものである。まだ人生を生きていない。自分を見つけねばならない。

日記-22

今日は小雨であったが、心地よく感ぜられたので散歩に赴く。

行く宛はないが、思い付きで公園へ行く。

 

行きずりの出来事はなかった。

公園にあった慰霊碑へ、先日書いた詩を備えた。気まぐれである。

 

心地のせいか、公園は広く在って見えた。手紙の内容とか、詩とか、小説とか、色々なアイディアを纏めようと思ったが、寒さによって断念した。

次は着込んで行くとする。

 

自らに足りないものを自覚する。変わらなければならないと強く感じた。

 

気狂いであらねばならぬと感ずる。

常に凪いだ心で、芸術に関して真摯に突き詰める姿勢を持ちたい。

そのためにまず、出来ることからやる。一つ一つ。

日記-21

変化の多い日であった。

精神病院での得たことは多かった。

今日はメモがわりに使うとする。

箇条書きになる。

 

焦らなくて良い。マイペースにやると良い。ただ、折り合いはつけるべし。社会的な作品と個人的な作品を分けよ。

 

水木しげる御大に倣うと良い。折角自分で道を探しているのだから、従うと良い。

 

スケジュールを決めているのは良いことである。ただし、それを守れなくても過度に自分を責める必要はない。未来で取り返せば良い。

 

以上が病院での気づきである。

以下は己の得た気づきである。

 

私は老獪に生きようとするものであるから、ただ静かな流れに身を任せよ。

仙人になろうと画策するものである。

 

流れが寛容である。私の中には流れの哲学が宿る。言葉と、景色と、真摯に向き合いつつ、己もそれと同化するように。

 

ありのままを曝け出すのである。飾り立てても良いことはない。流れるように流れる。尽力するのみである。

 

美しく、綺麗に生きる。気取るのではない、志すのだ。そのために努力する。